感情をコントロールしているのは、実はM?

「自立と依存」の関係を楽しむ“SM心理学”

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いつも優しいのに、エッチの時はSな彼…。だけどそういう人こそ、普段は自分で自分をいじめてしまうMタイプだったりします。十分な理解があれば、SMは彼との愛情をより深めるコミュニケーションとなるかもしれません!

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SとM、どちらが「自立」で、どちらが「依存」?

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SMと一言にいっても、そこには様々な心理が存在しています。

皆さんにはまず、少し考えていただきたいのですが、SとM、どちらが「自立」でどちらが「依存」となるのでしょうか?

普通考えるなら、
Sが「自立」で、Mが「依存」でしょう。
しかし、このような質問をするのだから、もしかしたらSが「依存」で、Mが「自立」かもしれない…、そう考える人もいるでしょう。

実はこれ、どちらも正解なんです。

Sの人は、普段自分を抑圧している?

現実的にいえば、形としてSが主導権をとってMの人に対して色んなことをするわけですから、Sが「自立」でMが「依存」という形になります。
Sが能動的で、Mが受動的、ということですね。

しかし、精神面ではどうでしょう。
精神面では、Sの人がMの人に対して「感じてもらう」ために、あれこれご奉仕をするわけですよね。言い換えれば、Mの人が何も感じないのであれば、SMという関係は成り立たないということになるわけです。

そして、Sの人は、Mの人が発する感情表現を受け止めることによって、初めて感じられるわけですから、感情レベル…つまり精神面では、Sが受動的で、Mが能動的となるわけです。

よってSの人は、日常生活、特にSEX以外の生活においてはかなり自立されている状態にあることが多いと感じられます。

自立している状態の時、感情は自立すればするほど感度が鈍ってきてしまいますので、結果として感じるためには何らかのきっかけが必要になってくるわけです。Sになるのは、その手段の1つともいえるでしょう。

さらに、これは私の考え方なのですが、Sの人の多くは、日常生活の中で、かなり抑圧されている経験がある方が多いのではないかと思います。

パートナーに対してはSですが、別の誰か、例えば親や上司であったり、仕事であったり…自分がMで、周囲がSと感じている可能性があるわけです。

つまり、抑圧されている自分と同じ状態をパートナーに協力してもらって、心の抑圧を目で見える形で再現することによって、心と体の不一致をなくそうとしているのかもしれません。

そして、もう1つ大切なこと。
それは、Sの人がMの人にしていることは、普段自分に対して行なっている行為でもある、ということです。
もちろんSの人全員がそうであるとは言えませんが、多くのSの方は、自分で自分をいじめているところ、つまり“ひとりSM”をしているところがあるわけです。その心の状態を現実に表現したものが、パートナーとのSM行為になる、というケースも見受けられます。

Mの人が、Sに求めるものは?

先ほども言いましたが、Mの人が感じているのを見て、初めてSの人は感じることができるわけであって、Mの人が感じなければ、Sの人の目的が達成できないわけです。

実はMの人って、心理面では相手をコントロールできる立場にあるということなんですよね。

では、Mの人は、普段感情表現をしていないのでしょうか?
おそらく、Mの人は全く感情表現をしていないわけではないのでしょうが、Sの人から見た場合、自分の知らない感情を隠しているように感じられてしまうのかもしれません。

隠しているものは覗きたくなるわけですから、Sの人は見せてくれるまで試行錯誤する、ということになります。
多くの場合、ここで隠しているものの正体は「恥ずかしさ」なんですけどね。
これはSもMも同じで、相手を辱めることによって、自分の中で抑圧した「恥ずかしさ」をお互いに表に出すことができるからです。

また、Sの人と同じように、普段自己嫌悪が強くて、自分を責めてばかりいる人も、先ほどの“ひとりSM”状態になりますから、心の中の状態をM側として表現するケースもありえるわけです。

Mの人が縛られることによって、Sの人を束縛する、というケースがありました。

「私はあなたにこんなに恥ずかしい自分を見せているの。でも、あなたにだけしか見せないわ」

Sは体を縛るけれども、Mは心を縛るわけです。面白いですねぇ。
この「あなたにだけ」は、男女共通で殺し文句でしょう。

これは自立と依存の関係も同じで、状況によって自立したり、依存したりというのが普通なんです。SとMも、これと同じことが言えます。

楽しめないのであれば、お互いが行為の持つ意味と、自分と相手が持つ抑圧されたものに対して、十分な理解とコミュニケーションが必要なんですよね。

SMは、「自立」と「依存」の関係を楽しむ行為の1つと考えていいでしょう。

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コメント
    • わたし・・これ読んで本当に「恥ずかしさ」を思い出してました。こんな恥ずかしいのはあなただけにしか・・それがいいのです  っていうところは本当にそう思います。それと私は彼に縛られてたけど私は彼の心を縛ってたというのは、真髄を突いていますね。
      ただ、私の恥ずかしそうな顔を見るのが好きでも 私が着る服までいろいろエスカレートするのは耐えられないです。

    • 2009年06月28日 06:35
    • まい
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